成城から出版文化の風。商業出版、自費出版、自分史。

第十回テーマ 「人生を色で表す」

  • HOME »
  • 第十回テーマ 「人生を色で表す」

 

「原色も中間色も好き」

I・Iさん

十一人兄弟という大家族で育ち、目立ったこともなく幼少時代は過ぎた。学生時代はテニス、春・夏・秋に開催される大会、目標に向かってまっしぐら、色でたとえれば情熱の赤一色、充実感に満ちた青春時代を過ごせた。

同じ大学でラグビー部だった夫と結婚、一男三女に恵まれ、体育会系仕込みの子育てで我が家はいつも合宿所のようであり、また集会場代わりに絶えず友人たちも集まり、飲んで歌っての賑やかな週末を過ごしていた。

その生活が、夫の経営する会社の倒産で一瞬にして闇と化した。頭の中が真っ白になり、なんとか出直したい、いや、早く生まれ変わりたいとさえ願った。四十九歳にして初めて迎えた試練。家族一人ひとりが必死で頑張らなければ簡単に一家離散となり得る状況のなか、それを乗り越えさせてくれたのは家族の絆と仲間たちの支えだった。

倒産から5年、その暗闇に少しずつ明るさが差し込み始めたと思った矢先、夫が癌に冒されていることが判明、治療の甲斐なくその一年半後に他界した。倒産時の苦しみが何でもないと感じられるほど、夫の死は耐え難いもの、闇の中の闇、真っ暗闇の世界だった。生きていく意味も見いだせず、毎日のように泣き暮れる自分だったが、四人の子供たちが、仕事が、そして亡夫への手紙を書き続けることが、その闇から私を引き戻してくれた。

試練を乗り越えるたびに、人の心の痛みや温もりを肌で感じ、以前より少しばかり人に対して優しくなれたように思う。どんな時も原色の生き方が好きな自分であったが、今では複雑に色が混じり合い、まろやかで温かみのある中間色のような色になりつつある自分の生き方も悪くないと思えるようになった。

 

「私の好きな色『黒』の魅力」

H・Mさん

 現状の色彩に溢れた社会とは違い、昭和初期は色彩の数が少なく、モノクロの世界だった。写真にしてもモノクロ写真が全盛でカラー写真など考えられなかった。しかし黒一色でも階調(グラデーション)の変化が楽しめた。

自分史で色彩との出会いを振り返ってみると、黒との付き合いがいちばん多く、何色よりも親しみをもっている。
小学校に入ると、近所の書道塾に通い、習字の勉強を始めた。正座して机に向かい、毛筆の使い方などを教えられたが、子供にとっては苦痛で、洋服を汚したり、足がしびれたりしたものだ。だが筆にしみ込んだ墨液の色には目を輝かせていた。ところが戦況の悪化に伴い六年生の頃には、その余裕はなくなってしまった。終戦後は混乱が続き、書道は教科から除外され、さらには利便性のある筆記用具の普及から、日本古来の書の文化は影を潜めてしまった。社会人になってからも仕事や家庭のことで忙殺されていたが、たまたま職場の上司が書道家だったので、その指導を受け、現在に至っている。

墨の表現といえば水墨画がある。「墨に五彩あり」といわれ、濃墨から淡墨までの多彩な色味を使い黒一色だけのモノトーンの世界を描いている。また、切り絵の技法も楽しい。これからも墨の醍醐味を追求しよう。

「人生を色分けしてみる」

H・Sさん

人生を色で表すというテーマに、なぜかピンク色を思い浮かべた。二〇〇一年、かつて学んだ学校の校舎が耐震性の建物に再建された。新校舎を訪れた私に強い印象を与えた色がピンク色であった。ピンク色のガラスなのか、ガラスを通して光が差し込むと不思議と内省的な落ち着いた気持ちになった。そして旧校舎にもこの雰囲気が、確かにある場所にあったことを思い出した。それとは別に幼いころからピンク色が好きで、その色のカチューシャを耳につけ、二十代の頃、初めて着たドレスもその色を選んだ。

社会人となり日々のストレスを解放してくれた色は、グリーンとブルーである。「100年前の景色の残る英国の田舎で緑の草原を歩く」──たったこれだけでどんなにリフレッシュされただろう。旅先から私が送った異国の写真を見た友人のコメントは、「ブルーが印象的」というものであった。

さて、合併後のかつての勤務先のイメージカラーはグリーンであった。昨年OGとして参加している合唱団の定期演奏会のパンフレット作りに携わった。イメージカラーの意識もあり、ペパーミントグリーンと水色を使用した。そして偶然にもこの二つの配色の洋服を、今身につけていることに気が付いた。同時に、今と反対に若い頃、群青に深緑を合わせた江戸の流行色「錆納戸(さびなんど)」に近い渋めの色調を好んだことを思い出した。私は表参道でこの色調を集めたお店を見つけ、Tシャツ、バラのブローチ、ベルト等を買った。しかし、次に訪れたとき、店はなくなっていた。

人生を色分けするのは、歴史年表を時代別に塗り分ける作業に似ているのかもしれない。「マウントクックリリー記念日」後の最近十年間、看取介護に明け暮れ、孤軍奮闘の日々を送っている。差し詰め、赤で塗りつぶすのが適当なのだろうか? 一方、定年後の今、平日の昼下がり、平和な時間を建物の中でなく、戸外で過ごす自由を満喫している。

もうすぐ五月、青い空に若葉がまぶしい新茶のおいしい季節となった。かつての英国風景に思いを馳せながら、自然光のあふれる光の中で、世界のどこでもないこの日本の世田谷にいる小さな幸せを嚙み締めた。

 

「私の好きな色『黒』の魅力」

H・Mさん

現状の色彩に溢れた社会とは違い、昭和初期は色彩の数が少なく、モノクロの世界だった。写真にしてもモノクロ写真が全盛でカラー写真など考えられなかった。しかし黒一色でも階調(グラデーション)の変化が楽しめた。自分史で色彩との出会いを振り返ってみると、黒との付き合いがいちばん多く、何色よりも親しみをもっている。

小学校に入ると、近所の書道塾に通い、習字の勉強を始めた。正座して机に向かい、毛筆の使い方などを教えられたが、子供にとっては苦痛で、洋服を汚したり、足がしびれたりしたものだ。だが筆にしみ込んだ墨液の色には目を輝かせていた。ところが戦況の悪化に伴い六年生の頃には、その余裕はなくなってしまった。終戦後は混乱が続き、書道は教科から除外され、さらには利便性のある筆記用具の普及から、日本古来の書の文化は影を潜めてしまった。社会人になってからも仕事や家庭のことで忙殺されていたが、たまたま職場の上司が書道家だったので、その指導を受け、現在に至っている。

墨の表現といえば水墨画がある。「墨に五彩あり」といわれ、濃墨から淡墨までの多彩な色味を使い黒一色だけのモノトーンの世界を描いている。また、切り絵の技法も楽しい。これからも墨の醍醐味を追求しよう。

 

「色のはなし」

小林茂男(「言の葉」の風−− ⑩より)

グラフィックデザイナーなどという仕事をしていると、「さぞ色彩感覚に優れているのでしょう」と、周囲からよく言われます。
でも、僕は小さいころから「色」というものの使い方が大の苦手でした。

絵については自信があり、図画の時間は皆からもてはやされてもいたのですが、鉛筆やペンで描くところまではそれこそ誰にも負けませんが、いざ絵の具等で着色という段になると、途端にへたくそになってしまうのです。″配色音痴〟と自分で名付けましたが、なぜか二色以上の配色になると頭が混乱してしまい、これは絵の好きな僕にとってとても大きなコンプレックスでした。

だからデザイン学校に入った時も、多分最も苦手な科目になるだろうなと予想したのは「色彩」の授業でした。
そんな戦々恐々とした「色彩」授業の初日のこと。

先生は一枚のプリントを配り、それを声に出して我々に読ませました。

なんとそれは般若心経の頭の部分でした。「色即是空、空即是色…」というアレです。

教室の皆はほとんど「?」でしたが、「色とはすなわち空(世界)であり、空とは色(万物)」だと、その先生はあっけにとられる我々に説明しました。「世の中(宇宙)の営みのすべては、色の世界の営みである」ということです。

僕はこの一言で、この先生のことを大好きになり、そして同時に、僕の「色」に対する机上的な偏見を一瞬で払拭させてくれました。

正直なところ、その後も自分自身の配色センスとは七転八倒の闘いを日夜繰り広げていますが、今も「色」に対する関心はますます強くなっています。 さまざまな「色」の意味合いや成り立ちを考えると、これほど興味深く、奥深いものはありません。

なにせ人生そのものが「色」なのですから。

 

 

お問い合わせはこちらから TEL 03-6314-5326 受付時間9:00-19:00

成城 街と本と

「言の葉」寄稿文集&「物語の力」

静人舎の書評ブログ「書棚から」

PAGETOP
Copyright © 株式会社 静人舎 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.