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第五回テーマ「謎解き自分史」

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「東男に京女?」

H・Mさん

入社して五年目に京都工場への転勤を命ぜられた。当時は京都までは特急でも六時間かかり、夜行の急行だと八時間以上の長旅で、遠い関西の生活を両親は心配してくれた。

しかし私にとって京都は憧れの地であり、歴史に残る神社仏閣、由緒ある庭園、古い家並み、そして何よりも四季の彩りなど、魅力ある町に住む楽しみがいっぱいだった。もうひとつ、友達から「東(あずま) 男に京女」というまたとないカップルの誕生も期待されていた。独身寮は東本願寺に近い六条にある古都の風情ある町家で冬は寒かった。どこに行くにも便利で、休日のたびに外出し、東山三十六峰の山々や、ひときわ高い比叡山、愛宕山、鞍馬山などを歩き廻り、また、洛中、洛外で毎月のように催される伝統行事に出掛け、地元の人々より詳しくなってしまった。

四年間の勤務を終え、帰京する時は、後ろ髪を引かれる思いで京を離れた。さて、前述の東男に京女の件だが、何の進展もなかった。その謎解きは、京都の素晴らしさに惚れ込み、のめり込んでいるうちに月日がたってしまったからだ。ちなみに、帰京後間もなく近所に住んでいた女性と結婚し、東男に東女として歳を重ね、今も幸せに過ごしている。

 

「《死》のミステリー」

K・Nさん

私事ですが、昨年の晩秋から今年の早春にかけて先輩 と友人六名を喪った。人は生かされているというが、人 の《死》を、いったい誰がどのように差配しているのか。

О君七十五歳は人並み以上に健康だった。旅行好き で、教員時代には世界を巡り、日本の主峰は概ね踏破 していた。定年後はボランティア活動で子供たちに英 語を教えつつ、昨年も二山登っている。昨年暮れに会っ た時は常と変わらなかった。正月になって突然体調を 崩し入院加療するも病名がわからず転院、脳と体は衰 弱していくばかり。四月に病名がわからないまま旅立っ ていった。

М君七十四歳は、温厚な人柄の元教員で持病も何の 問題も持っていなかった。毎週「碁会」で顔を合わせ ていたが二週間顔を見せないので、どうしたんだろう?  と碁仲間も気にしていた。奥さんの話では夜中に、こ れまでに聞いたことがない大音響の鼾をかいていて、 翌朝、亡くなっていたとのこと。
私事二十年前のこと。職業上の恩師二名を喪った。 A先生は戦後、一世を風靡した婦人服デザイナーで、 後に技術面で大きな業績を残された方。長身痩躯長頭 型の頭脳明晰でスポーツは万能といった英国型紳士。

今振り返れば、最後の内弟子だった自分がアトリエ を退出する六時頃になると、奥様が愛する旦那様のた めに毎日四〇〇gのステーキをジュージュー焼き始め ていた。先生は夜、ウイスキーを飲みながら仕事をして、 翌朝十一時に起きてくる生活習慣だった。

U理事長はポツダム海軍中尉で、戦後、服飾評論家 としてデビュー。キザU、剃刀Uなどといわれ、後に、 世界初・服飾界のシンクタンク「NUC」を創設した アイデアマンにしてラグビーで体を鍛えた人。自分が NUCに勤めていた頃、「俺に向かってこい」と言われ てもなかなかついていけない。「会社に八時間いても本 当の仕事は三時間だよ」が口癖だった。「姿勢を正せ、 ポケットに手を入れるな、清潔にしろ、髪は短く靴は 出船に揃えよ」。氏は毎日深夜まで業界人と飲むが、翌 日にはケロッと出勤してくる。

A先生は六十三歳、U氏は六十五歳で両師ともガン で召された。今にして思えば、こちらのほうの死因は わかるような気がする。「いいかげんにせい! 少しは俺 たちを休ませろ!」……胃腸さんが激怒したのではな かろうか。


◉物語の力
 富田芳和

藪の中

「真実は藪の中」という言葉が あります。ご承知のように「藪 の中」は芥川龍之介の短編小説 のタイトルが慣用句となったも のです。藪の中で発見された死 体について、検非違使が複数の 目撃者を尋問しますが、それぞ れの証言がみな違う。本当は何 が起こったのかわからないとい う話ですね。

密室の飲み会で起きた力士の 暴力事件がいま話題になってい ます。現場にいた人間の証言が 食い違い、真相はいまだ「藪の中」 にあるようです。

なぜこのような奇妙な現象が 起きるのか。私の見解は、真実 を見ることはとても難しいから だ、ということです。

「そうあってほしい」「そうなら なければならない」という人間 の感情が、事実を伝えるときの フィルターになるからです。

私は仕事上画家のインタ ビューをよくしますが、先輩に 教えられた戒めを忘れないよう にしています。

「画家が自分の絵について語る 言葉を信じてはいけない」

画家の言葉は、こう見てほし いという願いを伝えることはで きます。でも言葉だけで済むの でしたら絵を描く必要はありま せん。
芸術作品は、言葉で表せない 内面の奥深くから生まれてくる ものだとすれば、冷徹な探求に よってしか創造の真実に触れる ことはできない、と私は考えて います(……ちょっとかっこよ すぎでした)。

自分史は、自分の人生の最善 の証言者である「自分」がつづる、 自分についての真実の歴史だと 考える方がいらっしゃるかと思 います。

しかし、自分史にも「そうあっ てほしい」「そうならなければな らない」というフィルターが働 いていることを重々ご注意いた だければと思います。

フィルターは、直視したくな い事実や「不都合な真実」を無 意識のうちに排除していること があります。それが道義的にい けないことだと言いたいのでは ありません。「そうあってほしい」 「そうならなければならない」と いう意識は、自分という物語を つくるに当たってとても重要な 力にもなります。

願望は自分物語をつくる推進 力になる。しかし、自分という 真実は「藪の中」にあるという 矛盾を、自分史づくりは宿命的 に背負っています。矛盾は、自 分史の欠陥ではないと私は思っ ています。二つの面があること を頭のかたすみに置いていただ くことによって、自分史づくり はより面白くなるはずです。

一例を挙げます。最愛の伴侶 を得たという「事件」はしばし ば自分史のクライマックスにな りますね。でも、「事件」のもう 一人の証言者である伴侶の方に 「真相」を尋ねたことってありま す? 私はまだありません。自 分が信じたいと思っている人生 に、どんな衝撃が襲うのか恐ろ しくて私はまだできないのです。

 

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