2026.3/8『死者の書』折口信夫(角川ソフィア文庫など)を読む
3月の本は、折口信夫『死者の書』(角川ソフィア文庫など)です。

日本語(日本文化)の淵源を探求することは、この数年のマイブームとなっています。そうなれば、国文学者であり民俗学者、歌人、詩人でもあるこの人の作品を外すわけにはいきません。と言いながら、今までじっくり読んだことはなく、そろそろ晩年のお楽しみに取り組んでみるか…と思っていた矢先、土肥さんの推薦本として挙がってきました。折口の文章は、旧仮名遣いで読みやすいとは言えませんが、『死者の書』は難解な論考ではなく、小説なので、とっかかりとしては、とてもいいと思います。『日没』で禍々しい現代日本の寓話を味わった後は、古代への旅で少し気分を転換してみましょうか。
2026.2/8『日没』桐野夏生(岩波書店)を読む

2月の本は、桐野夏生の『日没』(岩波書店)です。
岩波の「世界」に連載されていた2017-2020年は安倍政権の晩期。どんな時代だったかは改めて言うまでもなく、危機感を抱いていた言論人は多くいたと思います。
政府批判にはやんわりと首を絞めにかかる“忖度”な人々をあちこちで目にする嫌な時代でしたね。
そこに桐野夏生が「世界」初登場。かつて大江健三郎が「持続する志」というタイトルで「世界」讃の小文を書きましたが、その「世界」を舞台にして桐野夏生がペンを武器に宣戦布告したようでした。
安倍が亡くなり、菅は引退、岸田、石破を経て高市と、5年で5人の総理が入れ替わった今、『日没』はどう読めるでしょうか。皆さんの感想が楽しみです。
2025.12/14 『俳句の宇宙』長谷川櫂(中公文庫)を読む
Screenshot 初版は平成元年。俳句のはの字も知らない私が読んだのは、サントリー学芸賞を受賞して話題となったからでしょう。でも読んでみて「なんて面白いのか!」と思ったものでした。なぜか文学でも短いものに惹かれる傾向があるようで、掌編(川端康成「掌の小説」とか)や短編好みが昂じて、還暦過ぎて短歌や俳句に向かったのは、必然だったかも。今はお遊び俳句を楽しんでいますが、俳句の魅力を最初に教えてくれたこの本に、今一度立ち帰りたくなりました。長谷川櫂さんは元読売新聞記者で、当時は新進気鋭の俳人でしたが、今は朝日俳壇の選者でもある俳句界の重鎮です。(馬場先)
2025.10/12 『大使とその妻』水村美苗(新潮社)を読む


水村美苗の書いたものに初めて出会ったのは、2008年刊の『日本語が亡びるとき』(筑摩書房)でした。以降、この人の書いたものは「人生の残り時間で読むべき人」リストに入れることにしたのでした。でしたが、いつもの如く次々と押し寄せる「読みたい本」の魔力に負けて早十数年。すっかり遠ざかっていましたが、一人の参加者の勧めで思い出しました。
ある参加者は早くも上巻を読了したようで、先ほど「たった今、読了。こちらの貧弱な想像力を嘲笑うような展開。脱帽!」とのメールが届きました。 上下2巻で700頁近くの長編ですが、待ちに待った秋の夜長、文学を堪能しましょう。
〈追記〉10月8日、本書は「紫式部文学賞」(京都府宇治市主催)を受賞しました。
(馬場先)
2025.9/14 『鬼の研究』馬場あき子(ちくま文庫)を読

人の話や本の中で見聞きするたびに「読まねば」と思いながら積ん読10年。なぜ手が伸びなかったのか。一言で言えば「鬼」にリアルを感じなかったからだと思います。
説話文学や古典芸能の中ではかなり重要な役割だったりしますが、自分にとってはあくまでも架空のキャラ的存在止まりでした。それが、たまたま馬場あき子さんのお話を直接聴く機会に恵まれたこともあり、いい加減、読もうと思い立ったわけです。
が、ついさっき夜のニュースに映し出されたある人物の顔を見たら、なんだか背筋がゾクッと来てピンと感じるものがありました。
その男は、ある選挙活動で嘘まみれのSNSを駆使し関係者の一人を自殺に追い込みました。その遺族から名誉毀損で訴えられたのです。記者会見で答えるその顔を繁々見ていると、もしかしてこれが「鬼」なんじゃないのか……と感じました。現代にも「鬼」がいた、と。
『鬼の研究』はこれから読み始めるところです。読み終わった後、その勘がピントはずれだったかどうか…わかるでしょうね。(馬場先)


