市井の声を集めた静人舎のリトルプレス「小さな声で」を発刊いたしました。
創刊号の特集は「雪かき仕事の現場から」となります。
(A5版 40頁 定価500円+税)
ご希望の方は直接、静人舎までお電話またはメールにてお問い合せ下さい。

〝雪かき仕事〟の現場から……馬場先智明

 コロナ禍が身の回りの動きをあれこれ止め始めてもう半年が過ぎました。
 というかあっという間の半年、だったような気がします。自宅を事務所にしている(一人出版社なので)僕は、通勤せずに済みますし、朝起きたら、朝食後、そのまま仕事部屋に直行、パソコンを立ち上げれば始業です。外出しての打合せを極力減らしたのはいいものの、やはり人と会わないというのは寂しいものです。zoomでのやりとりも何度かやりましたが、どうもしっくりきません。顔は見えて声も聞こえますが、その人の息遣い、喜怒哀楽を見せる瞬間の微妙な表情、ちょっと言い淀んだときの様子、ある発言に対する他者の心の揺れ……などを感じ取れないのがどうにももどかしいのです。
 そんなことを思いながらの半引きこもり暮らしでしたが、外部との繋がりが全く断たれたわけではありません。週の二回はゴミ収集がありますし、宅配便はほぼ毎日、宅配してくれる生協もあり、同居の老義母には、毎週介護ヘルパーさんが訪問介護に来てくれています。そうです、最近よく聞くようになった〝エッセンシャルワーカー〟の方々とのつながりはあるわけで、この人たちの仕事のお陰で自分の引きこもり生活は辛うじて保たれていると感じざるを得ない日々でした。「緊急事態だから外出を控えろと言われても、この人たちが動いてくれなきゃ社会生活が回らないし、自分も困る」という本音にフタをして、シレッと生きている自分がいたわけです。まるで戦後史における本土と沖縄の関係みたいに。
 そんなわけで、いやでもその職業の人たちの存在に注意が向いたこの半年でしたが、そういえば僕の周りにも、そのエッセンシャル(essential=欠くことのできない、最も重要な)な仕事に関わっている人が意外と多いことに改めて思い至りました。コロナ以前からの長い付き合いの知人友人たちで、声を聞いたらそんな仕事の話題が時に出たりして、知らなかった世界のおもしろさに聞き入ったものでした。
 カラスに襲われながらゴミの回収に走り回る清掃員たちの奮闘、荷物の積み下ろしに腰を痛めながら伝票チェックに追われる宅配便集配センターでの一日、コロナ禍でむしろ活況を呈しているというコールセンターの雰囲気……。知人たちの話すそんなあれこれを思い出し、これを聞きっぱなしにしているのはもったいないと思えてくるような話もありました。そうだ、それって村上春樹がよく書いている「雪かき仕事」か、と。小説『ダンス・ダンス・ダンス』でもどこかで触れていたと思いますが、思想家の内田樹が村上春樹を論じた本の中でとてもわかりやすく書いてくださっているので、勝手ながら引用してみます。

 雪が降ると分かるけど、「雪かき」は誰の義務でもないけれど、誰かがやらないと結局みんなが困る種類の仕事である。プラス加算されるチャンスはほとんどない。でも人知れず「雪かき」をしている人のおかげで、世の中からマイナスの芽(滑って転んで頭蓋骨を割るというような)が少しだけ摘まれているわけだ。私はそういうのは、「世界の善を少しだけ積み増しする」仕事だろうと思う。う。                     (内田樹著『村上春樹にご用心』より)

 つまり、そういうことです。「世界の善を少しだけ積み増しする仕事」って、すごくいい比喩ですね。僕はそんな「雪かき仕事」をしている彼ら彼女ら、つまり当事者の生の「声」を聴きたいと思いました。ただ、そうして声をかけた何人かからは「書くのは勘弁してほしい」という胸の内を、少しばかり苦しげな表情(あるいは声)で告げられました。現場仕事はあくまで生活のためで、好きでやっているわけじゃない、辛い一日の仕事が終わればすべて忘れて、また同じように始まる明日までのわずかな時間を大切にゆっくり休息したいんだ、忘れたい仕事のことを、なんでまた思い出して書かなくちゃいけないの?……ということだと思います。「そりゃそうだよなぁ」と自分の浅慮を恥じました。ゴメンなさい。
 ここに原稿をお寄せくださったのは、そんな僕の身勝手な依頼にもかかわらず、日々の仕事の片隅に転がっていた一粒の話の種を見出し、一念発起して書いてくださった奇特な方々です。
 一人ひとり、仕事への向き合い方も、書き方のスタイルもそれぞれに異なりますが、五つの「現場」から届いた「小さな声」をお届けします。そこから今という時代を感じ取っていただければうれしく思います。

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