静人舎のリトルプレス「小さな声で」vol.2を発刊いたしました。
vol.2の特集は「〝種まく人〟としての仲間たち」となります。
(A5版 60頁 定価800円+税)
ご希望の方は直接、静人舎までお電話またはメールにてお問い合せ下さい。

本づくりの周辺と、〝種まく人〟としての仲間たち……馬場先智明

 今年になって何冊か印象的な本に出会いました。大体のべつまくなしに本を読んでいて、ほとんどが贔屓筋の版元から出ているものの中で、えっ? こんな出版社があったんだと思った版元の(もしくはその版元の方が書いた)本が、その印象的な何冊かでした。『みぎわに立って』(里山社)や『めんどくさい本屋』(本の種出版)、夏葉社の島田潤一郎さんの著書『古くて新しい仕事』などです。
 前二著の版元と夏葉社はいわゆる「一人出版社」です。僕は出版社に関してはいまだブランド信仰的なところを捨てきれずにいて、本を選ぶ際、どうしても版元を気にしてしまいます。ああ、ここなら大丈夫、と読む前に安心してしまうのです。いけませんね、こっちこそまったく無名の一人出版社なのを棚に上げて。
 で、そんなブランド信仰で目が少しばかり曇っている僕をハッとさせてくれたのが、先の三冊でした。みんな小さくても、一人でも、頑張って良い本を出しているなぁ……(嘆息気味に)と思いながら、本を読む楽しさを満喫しました。
 いや、嘆息ばかりしていられないぞ、同業者の、それもうんと僕より若い彼ら彼女らが、この出版不況の中、知恵を絞って良い本を出しているわけで、僕も負けていられないという闘志(…はちょっと違うか)というか勇気を奮い起こしてくれました。
 この三冊に共通しているのは、どれも本屋さんや出版業界のことが書かれていることでした。一人出版社としてこの先どう進んでいったらいいものか、迷いのただ中で足掻いているからこそ引き寄せられるように手に取った本たちでした。
 そしてもう一冊、不思議な出会い方をした本があります(コロナ禍を不幸中の幸いと無理やり解釈して、仕事のなくなって空いた時間が願ってもない読書時間となりました)。若松英輔の『種まく人』(亜紀書房)です。Amazonで別の本を検索中、画面の一隅に突然現れました。AmazonのAI機能が時々こんなお節介をしてくることはよくわかっていますが、このときは「種まく人」という言葉に一瞬で気持ちがさらわれました。「アッ! これだ」。何か「これだ」なのかは、そのときはわかっていませんでしたが、とにかく「これ」だったのです。もちろん「若松英輔」という著者名も目に入りましたし、「種まく人」がミレーの絵だということも知っていましたが、それらとは関係なく、「種まく人」の四文字に瞬殺されるように感応しました。
 とにかくその場でクリックして「買い物カゴ」に入れました(古書のほうです)。それからですね、ああこれか……今の自分が求めていたものはと、時間が経つにつれてわかってきました。本が届いたのは数日後で、中の一項目「種まく人」を読むと、僕が頭の中で思い描いていたことが驚くほど深みのある明晰な文章で語られていました。
 この逼塞した数か月の生活の中、頭の中をモヤモヤと渦巻くようにして発酵するのを待っていたのが「種まく人」という言葉だったことに気づきました。自分のやっている出版という仕事の意味はそれなんだと。本を作って読者に届けることは、本を読んでくれた人の心に言葉の種をまくことで、その人の心の中でその種がいずれ芽吹くのを気長に待つという行為なのではないか、と思ったわけです。
 まだ刊行点数も少ないヨチヨチ歩きの一人出版社で、いまさらながら出版の意味をつらつら考えているというのも、なんとも暢気な話ですが、「種まく人」の“発見”で一人盛り上がってしまいました。
 しかしながらこの出版という仕事は一人でできるものではありません。一冊の本づくりにはとても多くの人たちが関わっています。企画から始まって本が完成するまで、そしてその本を取次や著者に納品し、書店へ図書館へと届けられてようやく読者の手に渡る、その一連の流れには、著者・ライター、編集者、校正者、デザイナー、印刷・製本、取次、書店、図書館司書……など実に多くの人たちが参加してくれています。一つのチームみたいなもので、このチームがなければ、本はできませんし、読者の元に届くこともありません。どの一者を欠いても、言葉の種をまくという営為は不可能、とまでは言わないまでも困難をきたします。
 つまり、このチームの中の一人ひとりも「種まく人」ではないかと、今さらながら気づいたわけです。

「書かれた言葉は、読まれることによっていのちを帯びる。そして、その言葉を種とした言葉が、読み手によって語られたとき、新たな生命として新生するのである」                       (『種まく人』より)

「書かれた言葉」を「本」に置き換えてみると、読書の意味、本質がくっきりと浮かび上がってきませんか。
 この第二号に執筆をお願いしたのは、その「種まく人」たちです。
 本づくりに関わることで、出版文化を底で支えている良き仲間たち(勝手にそう呼ぶことをお許しください)の、「今」の生の声を聞いてみてください。をして彼らの手仕事の様子に触れていただければうれしく思います。

【取扱店】
(本体価格+税で販売)
・下北沢……本屋B&B、古書ビビビ、カフェ・マルディグラ、カフェ デ ソレイユ
・浅草(田原町)……Readin’Writin’ BOOKSTORE
・成城……キヌタ文庫*世田谷区立砧図書館(成城学園前駅近く)に常備